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仙台地方裁判所 昭和60年(ワ)5号 判決 1992年12月17日

仙台市<以下省略>

原告

X1

宮城県<以下省略>

原告

X2

右両名訴訟代理人弁護士

山田忠行

吉岡和弘

新里宏二

鈴木裕美

東京都中央区<以下省略>

被告

太知商事株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

竹内清

主文

一  被告は、原告X1に対し、金二一七万三二三八円及びこれに対する昭和六〇年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2に対し、金九九万円及びこれに対する昭和六〇年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三1  原告X2の主位的請求を棄却する。

2  被告は、原告X2に対し、金五三万六四〇〇円及びこれに対する昭和六〇年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告らのその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用中、原告X1と被告との間に生じたものは、これを四分し、その三を原告X1の負担とし、その余は被告の負担とし、原告X2と被告との間に生じたものは、これを五分し、その三を原告X2の負担とし、その余は被告の負担とする。

六  この判決は、第一、第二項、第三項の2に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告X1に対し、金九六七万六七三〇円及びこれに対する昭和六〇年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告X2に対し、

1  金一八〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2(一)  (主位的請求)

別紙株券目録記載の株券を引き渡せ。

(二)  (予備的請求)

被告は、原告X2に対し、金二三一万円及びこれに対する昭和六〇年一月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、商品先物取引委託契約の委託者である原告らが、受託者である被告会社に対し、勧誘及び取引過程に違法行為があったとして、民法七〇九条あるいは七一五条一項を根拠として不法行為に基づく損害賠償を請求し、また、右契約の詐欺による取消しを理由として、預託した委託証拠金充用株券の返還を請求した事案である。

一  (前提となる事実)

1  被告は、東京穀物商品取引所、東京金取引所等の商品取引所に所属する商品取引員であり、農産物、貴金属等の売買取引につき受託仲介することを業とする商品先物取引業者である(争いなし)。

2  原告X1について

(一) 原告X1は、被告との間で、昭和五九年四月一二日、東京穀物商品取引所の商品市場における売買取引の委託契約(以下「本件第一委託契約」という。)を締結した(乙一の一、B、原告X1(第一回))。

(二) 原告X1は、被告に対し、本件第一委託契約に基づく米国産大豆の先物取引(以下「本件第一先物取引」という。)に必要な委託証拠金として、次のとおり合計九五一万六二七〇円を支払った(争いなし)。

(1) 昭和五九年四月一三日 五〇万円

(2) 同年四月二一日 一二万円

(3) 同年六月六日 八五九万六二七〇円

(4) 同年七月二〇日 三〇万円

(三) 原告X1は、被告から、利益金ないし委託証拠金の返還として、昭和五九年五月二日から同年一〇月一五日までの間に合計一八三万三二七〇円を受領した(争いなし)。

(四) 本件第一先物取引の明細は、別紙委託者別先物取引勘定元帳(原告X1分)記載のとおりである(甲四ないし七、乙一の四の一ないし一の四の三)。

3  原告X2について

(一) 原告X2は、被告との間で、昭和五九年二月七日、東京穀物商品取引所の商品市場における売買取引の委託契約(以下「本件第二委託契約」という。)を締結し、また、同月二四日、東京金取引所の貴金属市場における売買取引の委託契約(以下「本件第三委託契約」という。)を締結した(甲三二、三九、五六、乙二の一、二の三、C、D、原告X2(第一回))。

(二) 原告X2は、被告に対し、本件第二委託契約に基づく中国産大豆及び米国産大豆の先物取引(以下「本件第二先物取引」という。)並びに本件第三委託契約に基づく銀の先物取引(以下「本件第三先物取引」という。)に必要な委託証拠金として、次のとおり合計一四〇万円を支払った(争いなし)。

(1) 昭和五九年二月八日ころ 七〇万円

(2) 同年二月一八日 七〇万円

(三) 原告X2は、昭和五九年二月二八日、被告に対し、本件第二先物取引及び本件第三先物取引に必要な委託証拠金充用株券として、山陽電気工事株式会社の株券三〇〇〇株分(以下「本件株券」という。)を預託した(以下「本件株券預託行為」という。)(争いなし)。

(四) 本件第二先物取引及び本件第三先物取引の明細は、別紙委託者別先物取引勘定元帳(原告X2分)記載のとおりである(甲五三ないし五五、乙二の四の一ないし二の四の三、二の四の七ないし二の四の九)。

(五) 原告X2は、本件訴状をもって、本件株券預託行為は被告の詐欺によってなされたものであるとしてこれを取り消す旨の意思表示をし、右訴状は昭和六〇年一月二八日被告に到達した(当裁判所に顕著)。

二  (争点)

1  原告X1について

(一) 本件第一先物取引の勧誘及び取引過程において被告の従業員らによる違法行為があったか。

(二) 損害額。

2  原告X2について

(一) 本件第二先物取引及び本件第三先物取引の勧誘及び取引過程において被告の従業員らによる違法行為があったか。

(二) 本件株券預託行為は被告の詐欺によってなされたものか。

(三) 損害額。

第三争点に対する判断

一  原告X1について

1  被告従業員による違法行為の有無

(一) (原告X1の主張)

(1) 本件第一先物取引の勧誘及び取引過程において、被告の従業員らは、次のような行為を初めとする違法行為を行なった。

ア 無差別電話勧誘

被告の従業員Bは、原告X1に対し、先物取引についての無差別勧誘の一環として、相手方の都合も考えない執拗な電話による勧誘を行なった。

イ 利益を生ずべき断定的判断の提供

被告の従業員B、同Eらは、本件第一先物取引の勧誘の際に、利益の生じることが確実であるかのように強調した説明を行なった。

ウ 説明義務違反

Bらは、本件第一先物取引の勧誘に際して、商品先物取引の仕組みやその危険性についての十分な説明を行なわず、委託追証拠金に関しては全く言及しなかった。

エ 新規委託者に対する配慮の欠如

Bらは、新規委託者につき取引開始後三か月以内を保護期間とし建玉枚数を原則として二〇枚以内に制限している新規委託者保護管理協定及びこれに基づく新規委託者保護管理規則に違反して、原告X1から右建玉制限をはるかに超える取引の委託を受けた。

オ 無断売買・一任売買

被告の従業員E、同Fは、本件第一先物取引の取引過程において、無断売買や一任売買を繰り返した。

カ 手数料稼ぎのためのころがし

本件第一先物取引においては、もっぱら被告の手数料収入を稼ぎ出すために無意味な反復売買(ころがし)が行なわれた。

キ 手仕舞いの拒否

原告X1は、昭和五九年五月下旬ころから、建玉を全部決済して本件第一先物取引を清算するよう被告にたびたび要求したが、E、Fらは、これを拒否して取引を継続させた。

ク 両建誘導

Eは、原告X1に対し、両建の意味やその利害得失について十分な説明を行なわず、「両建はリスクが少ない。」といった不正確な説明等をして、原告X1を両建に誘導し、昭和五九年六月四日、両建を行なわしめた。

(2)ア 被告は、以上のような違法な勧誘及び取引行為等を継続的、組織的に行なったものといえるから、原告X1に対し、民法七〇九条に基づき不法行為責任を負うことになる。

イ また、被告の従業員らが、被告の事業の執行について違法な勧誘及び取引行為を行なったものといえるから、被告は、原告X1に対し、民法七一五条一項に基づき使用者責任を負うことになる。

(二) (被告の主張)

(1) 本件第一先物取引の勧誘及び取引過程において被告の従業員らに違法行為があったとする原告X1の主張については、これを争う。

(2) 原告X1にとって、Bによる先物取引の電話勧誘が迷惑であったなどということはありえない。

(3) 被告は、新規委託者保護管理協定及び新規委託者保護管理規則に基づき、原告X1の知識、理解度、資力等を十分審査した後、二〇枚を超える建玉を行なったものである。

(三) 前記第二の一の1及び2の事実、証拠(甲四ないし七、一四、一九、二〇、二一の一ないし二一の三、乙一の一、一の二、一の四の一ないし一の四の五、一の六の一ないし一の六の三、四、六の二、六の四、七、一二の一ないし一二の三、一三、一六、B、E、原告X1(第一、二回))並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 原告X1は、昭和○年○月○日生まれで、a大学経済学部商学科を卒業し、昭和○年○月以降公立学校事務職員として勤務している者であるが、本件第一先物取引以前に商品先物取引の経験はなく、また、株式取引の経験はあったものの信用取引をしたことはなかった。

(2) 原告X1は、昭和五九年四月一一日、被告の従業員Bから電話で大豆の商品先物取引の勧誘を受け、右先物取引についての説明を聞くため翌一二日に同人と面会する旨を約束した。そして、原告X1は、同日、同人が勤務していた中学校で、午後二時ころから約一時間にわたり、Bから大豆の商品先物取引につき説明を受けるなどしたが、同人は、「今年はアメリカの大豆の在庫が少ないので、必ず値段が上がります。」、「四〇〇〇円以下には下がりません。」、「一〇年に一度くらいのチャンスです。」などと申し向けて勧誘し、原告X1が現金の持ちあわせがないとして消極的な態度をとると、さらに、「株券を持っていませんか。株券があれば取引はできます。」、「利益を出して運用して行くので、株券は絶対安全です。」、「株式の配当金や値上がり益と大豆相場の値上がりで、二重に利益が得られます。」などと言って執拗に勧誘した。その際、商品先物取引の仕組みや委託追証拠金(追証)に関しては簡単に触れただけで、原告X1が理解することのできるような説明はなされなかった。結局、右のような勧誘を受けて、原告X1は、株券を委託証拠金として大豆の商品先物取引をしようという気になり、被告との間で、本件第一委託契約を締結した。

(3) Bは、同月一三日、原告X1のために前場二節で米国産大豆二〇枚の買建玉をなし、昼ころ上司のFとともに原告X1の勤務先を訪問して、委託証拠金充用株券としてユニチャームの株券二〇〇〇株分を受領した。その際、原告X1は、「東京穀物商品取引所の受託契約準則」(甲一九)、「商品取引委託のしおり」(甲二〇)及び「商品取引ガイド」を受領し、東京穀物商品取引所における売買取引の委託についての承諾書(乙一の一)及び前記「商品取引委託のしおり」の交付を受け、かつその内容の説明を受けたことを証する受領書(乙一の二)に署名押印したが、実際には、右受託契約準則、しおり及びガイドの説明は、きわめて簡単に行なわれたに過ぎないものであった。また、米国産大豆八〇枚を買増しするということについても、ほぼ話がまとまった。

原告X1は、午後四時ころ、被告の仙台支店を訪れ、B、Fと面会し、同月一六日に米国産大豆八〇枚の買建玉をする旨を承諾し、委託証拠金五〇万円と委託証拠金充用株券としてTDKの株券一〇〇〇株分を交付した。その際、原告X1は、商品先物取引についての知識や理解度、資力等についてのアンケート(乙四)に回答した。右アンケートにおいては、先物取引の仕組みや委託追証拠金等についての理解ができているという方向の回答がなされているが、これは、BあるいはFの意向に従って回答したまでのことであって、原告X1の先物取引に対する理解は十分なものとはいえなかった。

そして、同月一六日に、前場二節で米国産大豆八〇枚の買建玉がなされた。

(4) その後、原告X1は、同月二〇日に、米国産大豆一〇枚を買増しして、委託証拠金充用株券として新電元工業の株券一〇〇〇株分を交付し、同月二一日に、委託証拠金充用株券の評価額が下落したことに伴い、委託証拠金として一二万円を交付した。また、同年五月九日には、被告会社顧客サービス部のGから追証に関する説明を受け、それにつき一応の理解をなすに至った。

(5) 原告X1は、同年六月二日、被告の従業員Eから追証の請求を受けたため、これに対する対処方法を相談するために、同月四日、原告会社を訪れ、同人にこの点を相談した。同人は、損切りは避けるということを前提として、追証を支払う、難平買をする、両建をするという三つの方法があることを告げた後、「両建をしてこの局面をしのぎましょう。すぐに損は取り戻せますから。」、「熱波が来て必ず値段は上がりますから、一時的に売を作っておきましょう。」などと両建を行なえば損失を取り戻すことができるかのように強調してそれを強く勧誘したため、両建について十分な説明を受けていなかった原告X1は、Eの意向に沿うような形で、両建をすることを承諾した。そして、同日、米国産大豆につき、二〇枚の売建玉と七五枚の買建玉が両建となった。

さらに、同月六日には、被告に対して既に交付されていた委託証拠金充用株券(ユニチャームの株券二〇〇〇株分、TDKの株券一〇〇〇株分、新電元工業の株券一〇〇〇株分)を処分しその代金八五九万六二七〇円を委託証拠金に充当することにより、米国産大豆四〇枚の売建玉をなし、その結果、六〇枚の売建玉と七五枚の買建玉が両建となった。

(6) それから後も、原告X1は、同年七月二三日まで多数回にわたって取引を繰り返しているが、これらについては、同人がEらの意向に言われるままに従ったというようなことではなく、原告X1自身の考えに沿いつつなされたものであった。同年六月一二日、二八日の仕切取引は、売買価格自体では差益が生じているが、手数料を差し引いた取引全体の収支では差損となっているいわゆる腑抜取引であるが、これらも、同人の意思に従って行なわれたものであった。また、同年七月二〇日には、追証が必要になったことにより、委託証拠金として三〇万円の支払がなされた。

(7) そして、最終的には、同年七月二五日に残っていた建玉が全て手仕舞いされ、原告X1の本件第一先物取引は終了した。

(四) 以上の事実関係によれば、本件第一先物取引の勧誘及び取引過程において、被告の従業員B、F、Eには、「利益を生ずべき断定的判断の提供」、「投機性等の説明の欠如」を初めとする商品取引所法、商品取引所の定款、受託契約準則あるいは取引所指示事項に違反する(甲二、一九、五八ないし六〇、七八)などの行為があったものと認められる。また、新規委託者保護管理協定(商品取引員間の協定)及びこれに基づく新規委託者保護管理規則(社内規則)は、新規委託者について取引開始後三か月以内を保護期間とし建玉枚数を原則として二〇枚以内に制限しているところ(甲二、五九、六〇、七八、乙一八、弁論の全趣旨)、被告の従業員らが、原告X1の先物取引に対する知識、理解度についての十分な審査を経たうえで右制限を超える建玉をしたものと認めるに足りる証拠はない(被告が前記アンケートを審査資料にしていたとしても、その内容自体信用性に乏しいものであることは既に明らかである。)から、これらにも違反していることになる。結局、本件第一先物取引の勧誘及び取引過程において被告の従業員らが行なった行為は、その全体を通じて違法性を帯びており、不法行為を構成するといわざるを得ないのである。

したがって、被告は、民法七一五条一項に基づき、原告X1の被った損害を賠償する責任があるというべきである。

2  損害額

(一) 委託証拠金分 九五一万六二七〇円

原告X1が、本件第一先物取引に必要な委託証拠金として、合計九五一万六二七〇円を支払ったことは、前記のように当事者間に争いがなく、右金額は、同人が、被告の従業員B、F、Eによる違法な本件第一先物取引の勧誘及び取引過程における行為によって被った損害と評価することができる。

(二) 慰謝料(請求額 五〇万円)

財産的損害が生じた場合においては、特段の事情がない限り原則として財産的被害の回復によりそれに伴う精神的損害も慰謝されるのが通常であるところ、本件第一先物取引に関して右特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、慰謝料請求を認めることはできない。

3  過失相殺

原告X1が商品先物取引についての経験を有していない者であったことは既に認定したとおりであるところ、商品先物取引が投機性の高い極めて危険な商取引行為であり、それ相応の専門的知識も経験もなしにこれを行なうと大きな損害を被ることも少なくないことは公知の事実であるにもかかわらず、同人は、漫然と被告の従業員らの勧誘に乗って取引をなしたものであり、また、被告から交付された受託契約準則や商品取引委託のしおり等を熟読することもなかった。さらに、取引全般をみれば、原告X1は、必ずしも受身の立場で取引を継続したというわけではなく、取引に対するある程度の積極性が認められる。

右のような事情及び既述の原告X1、被告双方の一切の事情を考慮すると、原告X1の過失として斟酌される割合は六割と認めるのが相当である。したがって、被告が原告X1に対して賠償すべき損害額は、三八〇万六五〇八円となる。

4  利益金ないし委託証拠金の返還

原告X1が、被告から、利益金ないし委託証拠金の返還として、合計一八三万三二七〇円を受領したことは、前記のように当事者間に争いがない。右金額控除後において被告が原告X1に対して賠償すべき損害額は、一九七万三二三八円となる。

5  弁護士費用(請求額 一〇〇万円) 二〇万円

本件事案の内容、認容額等を考慮すると、相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、二〇万円と認めるのが相当である。

6  以上によれば、原告X1が被告に対して請求し得る損害賠償額は、二一七万三二三八円となる。

二  原告X2について

1  被告従業員による違法行為の有無

(一) (原告X2の主張)

(1) 本件第二先物取引及び本件第三先物取引の勧誘及び取引過程において、被告の従業員らは、次のような行為を初めとする違法行為を行なった。

ア 詐欺

被告の従業員らは、原告X2が商品先物取引について全く知識、経験あるいは関心のない単なる一労働者であったことを奇貨として同人に近付き、同人が先物取引に応ずる意思を全く示していないのに、「もう預かり証を切ってしまった。」などと言い掛りを付けて困惑させ、取引に応じさせるや同人が先物取引や取引市場の実情も知らず、商品の値動きを的確に判断する能力や情報手段すら有していないのをよいことに、一方では同人の意思を思うがままに操り、他方では同人が決済を要求しても巧みにこれを遮断する等して短期間に頻繁な建て落ちを繰り返すことにより、被告が同人の交付した金員のほとんどを委託証拠金名下に領得したものである。

イ 無差別電話勧誘

被告の従業員H、同Cは、原告X2に対し、先物取引についての無差別勧誘の一環として、相手方の都合も考えない執拗な電話による勧誘を行なった。

ウ 利益を生ずべき断定的判断の提供

被告の従業員Dらは、「今買えば簡単に五割くらい儲けられる。絶対間違いない。」、「銀は値幅が大きいので簡単に元は取り戻せる。」などと述べて、本件第二先物取引及び本件第三先物取引につき勧誘した。

エ 説明義務違反

被告の従業員らは、本件第二先物取引及び本件第三先物取引の勧誘に際して、商品先物取引の仕組みについての十分な説明を行なわず、本件第二先物取引につき勧誘する過程では、委託追証拠金に関して全く言及しなかった。

オ 新規委託者に対する配慮の欠如

Dは、新規委託者につき取引開始後三か月以内を保護期間とし建玉枚数を原則として二〇枚以内に制限している新規委託者保護管理協定及びこれに基づく新規委託者保護管理規則に違反して、原告X2から右建玉制限を超える取引の委託を受けた。

カ 無断売買・一任売買

Dは、本件第二先物取引及び本件第三先物取引の取引過程において、無断売買や一任売買を繰り返した。

キ 手数料稼ぎのためのころがし

本件第二先物取引及び本件第三先物取引においては、もっぱら被告の手数料収入を稼ぎ出すために無意味な反復売買(ころがし)が行なわれた。

ク 手仕舞いの拒否

原告X2は、昭和五九年二月一八日、Dに対し、本件第二先物取引につき解約を申し入れたが、同人は原告X2に対し強引に取引を継続させ、また、同年五月一四日ころ、被告の従業員Iに対し、本件第二先物取引及び本件第三先物取引の決済を求めたが、同人に取引の継続を強く説得され、結局、右説得に逆らい切れずそれに従った。

ケ 両建誘導

Dは、昭和五九年二月一〇日、原告X2に対し、両建についての十分な説明をなさないまま、両建により損失を防ぐことができる旨を述べてこれを勧誘し、両建を行なわしめた。

(2)ア 被告は、その組織と業務活動を通じていわば会社ぐるみで故意に右のような違法な勧誘及び取引行為等を行なったものといえるから、原告X2に対し、民法七〇九条に基づき不法行為責任を負うことになる。

イ また、被告の従業員らが、被告の事業の執行について故意に違法な勧誘及び取引行為を行なったものといえるから、被告は、原告X2に対し、民法七一五条一項に基づき使用者責任を負うことになる。

(二) (被告の主張)

(1) 本件第二先物取引及び本件第三先物取引の勧誘及び取引過程において被告の従業員らに違法行為があったとする原告X2の主張については、これを争う。

(2) 原告X2にとって、H、Cによる先物取引の電話勧誘が迷惑であったなどということはありえない。

(3) 被告は、新規委託者保護管理協定及び新規委託者保護管理規則に基づき、原告X2の知識、理解度、資力等を十分審査した後、二〇枚を超える建玉を行なったものである。

(三) 前記第二の一の1及び3の事実、証拠(甲二二、二三、二九、三二、三四、三五、三七、三九、四三、四四、四六、五三ないし五六、六七の一ないし六七の三、乙二の一ないし二の三、二の四の一ないし二の四の一二、八、一三、一七、C、D、I、原告X2(第一、二回))並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 原告X2は、昭和○年○月○日生まれで、昭和○年○月にb農林高等学校を卒業し、会社勤務や家業である農業に従事した後、昭和○年○月、c病院附属准看護高等専修学校を卒業して看護士となり、昭和○年○月以降国立d病院で勤務している者であるが、本件第二先物取引及び本件第三先物取引以前に商品先物取引の経験はなく、株式取引の経験はあったものの信用取引をしたことはなかった。

また、昭和五九年二月ないし七月当時においては、右病院で看護士として筋ジストロフィー患者の介護に従事しており、その勤務内容は夜勤をも伴う激務であった。

(2) 原告X2は、昭和五九年二月二日、被告の従業員Hから電話で大豆の商品先物取引の勧誘を受け、右先物取引についての説明を聞くため翌三日に同人と面会する旨を約束した。そして、原告X2は、同日、勤務先で、午後一時ころから約一〇分間にわたり、Hから大豆の商品先物取引につき説明を受けたが、その際、同人は、「今年は大豆の在庫が少ないので、必ず値段が上がります。」、「今が安値なので、今買っておけば五割くらい簡単に儲けられます。」などと申し向けて勧誘した。原告X2は右勧誘に応じなかったものの、明確に断るということもしなかった。

その後、Hから原告X2に対する勧誘を引き継いだ被告の従業員Cが、同日の午後三時ころ、原告X2に対し、電話で、「今海外で大豆相場がものすごく値上がりしています。今がチャンスです。」などと話して大豆の商品先物取引を勧誘し、さらに、翌四日の午前九時ころにも、また電話で、「今、海外の大豆相場がものすごく値上がりしています。今買っておけば簡単に五割くらい儲けられます。」などと言って勧誘したが、原告X2はやはり右各勧誘には応じなかったものの、明確に拒絶するということもしなかった。

(3) Cは、同月七日の午前八時三〇分ころ、原告X2の自宅に再び電話を入れ、「海外の大豆相場がものすごい値上がりをしています。」、「間違いなく値段が上がります。」などと申し向けて大豆の商品先物取引を勧誘した。その結果、原告X2は、右先物取引についての説明を聞くために同日午後四時ころCと面会する旨を約束するに至った。その後、Cが、午後四時ころ原告X2の自宅を訪れ、約一時間にわたって、大豆の商品先物取引につき説明を行なうなどしたが、そのとき、Cは、「五割くらいなら短期間で儲けられます。」などと言って勧誘した。また、その際には、商品先物取引の仕組みや委託追証拠金に関しては簡単に触れただけで、原告X2が理解できるような説明はなされなかった。結局、右のような勧誘を受けて、原告X2は、大豆の商品先物取引をする旨を最終的に決断し、被告との間で、本件第二委託契約を締結して、翌八日に中国産大豆一〇枚の買建玉をする旨を承諾した。右契約締結の際に、「東京穀物商品取引所の受託契約準則」(甲三四)、「商品取引委託のしおり」(甲三五)及び「商品取引ガイド」(甲四三)を受領し、東京穀物商品取引所における売買取引の委託についての承諾書(乙二の一)及び前記「商品取引委託のしおり」の交付を受け、かつその内容の説明を受けたことを証する受領書(乙二の二)に署名押印したが、実際には、右受託契約準則、しおり及びガイドの説明は、きわめて簡単に行なわれたに過ぎないものであった。

(4) Cは、翌八日、約束どおり原告X2のために前場三節で中国産大豆七月限月一〇枚の買建玉をなした。また、同日、Hが原告X2の勤務先を訪れ、同人から委託証拠金七〇万円の交付を受けた。その際、原告X2は、商品先物取引についての知識や理解度、資力等についてのアンケート(乙八)に回答した。同人は最初自らの意思に基づき、先物取引の仕組みや委託追証拠金等についての理解が不十分であるという方向の回答をしたが、Hから理解ができているという方向の回答をするよう要求され、別のアンケート用紙に右意向に従い書き直した。

(5) 原告X2は、同月一〇日の午後一時二〇分ころ、被告の従業員Dから電話で追証の請求を受けた。その際、これに対する対処方法として同人が両建をするように強く勧誘したため、両建につき十分な説明を受けていなかった原告X2は、Dの意向に沿うような形で、両建をすることを承諾した。そして、同日、中国産大豆一〇枚の売建玉をなし、結局、中国産大豆七月限月一〇枚ずつが両建となった。その後、同月一三日に、Dが原告X2の自宅へ赴き両建についての説明を行なったが、その内容は十分とは言い難いものであり、また、同月一八日には、Dが原告X2の自宅で、右売建玉に伴う委託証拠金七〇万円の交付を受けたが、その際にDは、「今年は大豆の在庫が少ないので、必ず値上がりしますから任せてください。」、「今値下がりしていますが、必ず値上がりしますから心配ありません。」などと話した。

(6) その後、原告X2は、同月二二日、Dから電話で銀の商品先物取引の勧誘を受けたが、そのときDは、「誰にも勧めたことはありませんが、特別あなただけに銀の取引を勧めます。」、「銀の場合は値幅が大きいので、簡単に元は取り戻せます。」などといった言辞を用いた。結局、右勧誘の結果、原告X2は、銀の商品先物取引をしようという気になり、同月二四日に榴ケ丘市民センターでDと面会する旨を約束した。そして、原告X2は、同日同所でDと会い、被告との間で、本件第三委託契約を締結した。その際に、「東京金取引所受託契約準則」(甲三九)及び貴金属の先物取引の危険性についての「危険開示告知書」(甲四四)を受領し、先物取引の危険性を了知したうえで東京金取引所の貴金属市場における売買取引を委託することを承諾する旨の承諾書(乙二の三)に署名押印したが、右受託契約準則等についての説明はほとんど行なわれなかった。また、委託証拠金については、本件株券を委託証拠金充用株券として充当することになったが、その後の両者間の話し合いの結果、本件第二先物取引の委託証拠金を本件第三先物取引の委託証拠金に振替え、本件株券は本件第二先物取引の委託証拠金として充当することとした。同月二七日に右振替えが行なわれて、Dにより原告X2のために銀二〇枚の買建玉がなされ、同月二八日に本件株券が被告に預託された(なお、本件株券は、同年六月一八日に本件第三先物取引の委託証拠金に振替えられている。)。

それから、原告X2は、同年三月一五日、被告会社顧客サービス部のGから、追証や両建に関する説明を受けた。その結果、追証については一応の理解をなすに至ったが、両建については未だ十分に理解することができなかった。

(7) 原告X2は、本件第二先物取引及び本件第三先物取引につき、同年三月以後七月一七日までの間に多数回にわたって取引を繰り返した。これらの取引については、四月まではDが行なったものであり、五月以降は被告の従業員Iが行なったものであったが、このうちDが行なった取引のほとんどは、原告X2がDの意向に言われるままに従い取引を承諾することによりなされたものであった。また、Dは、原告X2が言うがままに従うのをよいことに、もっぱら被告の手数料収入を稼ぎ出すための無意味な反復売買(ころがし)を繰り返した。

(8) そして、最終的には、同年七月二五日に残っていた建玉が全て手仕舞いされ、原告X2の本件第二先物取引及び本件第三先物取引は終了した。

(四) 以上の事実関係によれば、本件第二先物取引及び本件第三先物取引の勧誘及び取引過程において、被告の従業員H、C、Dには、「利益を生ずべき断定的判断の提供」、「投機性等の説明の欠如」、「両建の勧誘」を初めとする商品取引所法、商品取引所の定款、受託契約準則あるいは商品取引所指示事項に違反する(甲二、三四、三九、五八ないし六〇、七八)などの行為があったものと認められる。また、新規委託者保護管理協定(商品取引員間の協定)及びこれに基づく新規委託者保護管理規則(社内規則)は、新規委託者について取引開始後三か月以内を保護期間とし建玉枚数を原則として二〇枚以内に制限しているところ(甲二、五九、六〇、七八、乙一八、弁論の全趣旨)、Dが、原告X2の先物取引に対する知識、理解度についての十分な審査を経たうえで右制限を超える建玉をしたものと認めるに足りる証拠はない(被告が前記アンケートを審査資料にしていたとしても、その内容自体信用性に乏しいものであることは既に明らかである。)から、これらにも違反していることになる。結局、本件第二先物取引及び本件第三先物取引の勧誘及び取引過程において被告の従業員らが行なった行為は、その全体を通じて違法性を帯びており、不法行為を構成するといわざるを得ないのである。

したがって、被告は、民法七一五条一項に基づき、原告X2の被った損害を賠償する責任があるというべきである。

2  詐欺

原告は、本件株券預託行為は被告の詐欺によってなされたものである旨主張するが、前記1の(三)の事実関係に照らしても、未だ右主張を認めることはできない。

したがって、別紙株券目録記載の株券の引渡しを求める原告の主位的請求は、理由がない。

3  損害額

(一) 前記請求欄第二項の1の請求について

(1) 委託証拠金分(請求額 一四〇万円) 一四〇万円

原告X2が、本件第二先物取引及び本件第三先物取引に必要な委託証拠金として、合計一四〇万円を支払ったことは、前記のように当事者間に争いがなく、右金額は、同人が、被告の従業員H、C、Dによる違法な本件第二先物取引及び本件第三先物取引の勧誘及び取引過程における行為によって被った損害と評価することができる。

(2) 慰謝料(請求額 二〇万円)

財産的損害が生じた場合においては、特段の事情がない限り原則として財産的損害の回復によりそれに伴う精神的損害も慰謝されるのが通常であるところ、本件第二先物取引及び本件第三先物取引に関して右特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、慰謝料請求を認めることはできない。

(二) 前記請求欄第二項の2の(二)の請求について

原告X2は、本件株券預託行為に関連して、二三一万円の財産的損害が生じた旨主張するが、本件株券の右預託行為時(昭和五九年二月二八日)現在の時価は合計八九万四〇〇〇円(一株二九八円の三〇〇〇株分)であるから、右金額(八九万四〇〇〇円)をもって損害額とすべきである。

4  過失相殺

原告X2が商品先物取引についての経験を有していない者であったことは既に認定したとおりであるところ、商品先物取引が投機性の高い極めて危険な商取引行為であり、それ相応の専門的知識も経験もなしにこれを行なうと大きな損害を被ることも少なくないことは公知の事実であるにもかかわらず、同人は、漫然と被告の従業員らの勧誘に乗って取引をなしたものであり、また、被告から交付された受託契約準則や商品取引委託のしおり等を熟読することもなかった。さらに、原告X2は、本件第二先物取引につき追証の請求を受けたにもかかわらず、本件第三先物取引を始めているのである。

右のような事情及び既述の原告X2、被告双方の一切の事情を考慮すると、原告X2の過失として斟酌される割合は四割と認めるのが相当である。したがって、被告が原告X2に対して賠償すべき損害額は、前記3の(一)について八四万円、同(二)について五三万六四〇〇円となる。

5  弁護士費用(請求額 二〇万円(前記請求欄第二項の1の請求)) 一五万円

本件事案の内容、認容額等を考慮すると、相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、一五万円と認めるのが相当である。

6  以上によれば、原告X2が被告に対して請求し得る損害賠償額は、前記請求欄第二項の1の請求について九九万円、同2の(二)の請求について五三万六四〇〇円となる。

(裁判官 阿部則之 裁判官 伊藤一夫 裁判長裁判官岩井康倶は退官のため署名捺印することができない。裁判官 阿部則之)

<以下省略>

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